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チェリン•グラック監督

今年で3年目を迎える日本映画の祭典シネ祭りでオープニング上映作品となった杉原千畝さんを描いた映画「ペルソナ•ノン•グラータ」のチェリン•グラック監督にお話を伺いました。

上映会には600名以上が訪れましたが、「命のビザ」で有名な杉原さんの実話の映画化にグラック監督が出会われたきっかけは?

僕が初監督と言うか自分で全部一本撮らして頂いたフジテレビの映画「サイドウェイズ」を見た唐沢寿明さんが「これ面白いな、気に入ったな」と言って下さったそうです。それでその後に「太平洋の奇跡、フォックスと呼ばれた男」という映画でご一緒することになった時一緒にやれるなと思ったら、その時僕はアメリカサイドの監督で日本サイドの監督は別だったからそうではなかったのです。だけど今回の杉原さんの役を演じて欲しいと言う話が唐沢さんに行った時に、唐沢さんのほうから外国語でそういう映画を撮るならチェリン監督にやってもらいたいということになりました。そうしてこの作品を監督する件は主役の唐沢寿明さんの方からお誘いがあったのです。

なんとご指名だったのです。これでやっと一緒に仕事が出来る!

運良く。

実際にあった歴史的事実を映画にする上で大変な事ってどんな事でしょうか。

あまり大胆なうそをつかないということです。真剣な題材だけどやっぱり映画なのだから面白く作らなくちゃ誰も見てくれません。面白くないとまるで百科事典を見ているようなドキュメンタリーになっちゃいます。最終的に映画はエンターテインメントですからね。人を脅かすエンタメ、喜ばすエンタメ、泣かすエンタメなどいろいろありますが、この映画は人に話を面白く伝えるというエンタメでしょうか。

大胆な嘘をつかずに面白く仕上げるために本当は実在しなかったけどエンタメとして登場させた人とかいますか?

例えば杉原千畝の運転手のペシュ(杉原千畝の諜報活動を助けた人)ですが、彼の様な人は3人程いたのです。でもころころ相棒が変わっちゃうと面白くないし、だからあえてペシュ一人にしたりとか、白系ロシア人のイリーナ(女性諜報員)は(千畝が満州を去った後)ヨーロッパには戻って来なかったのだけどちょっとした色恋もなくちゃ、ということでヨーロッパに帰って来た事に映画ではしています。

美しいイリーナさんの再登場でちょっとドキドキしました。ところで監督は最初はエンジニアになろうと思って大学に行ったそうですが。

演劇勉強しに大学に行ってきます、と平気で言えそうな時代ではありませんでした。それに親や周りの人はまともな大人になって欲しいと思うから、だからエンジニアというまともな学問を勉強するつもりで大学に行ったのです。でもそこで西洋の劇を歌舞伎っぽく英語でやり始めたら、もともと日本にいたときから歌舞伎はやっていたから面白くてはまっちゃいました。

エンタメの世界は行かざるをえない道だったのですね。

映画と重なる部分

リトアニアがロシアに占領される前に国外脱出しそびれたソーリー君とその家族が収容所送りのトラックに乗せられ、ソーリー君のお父さんは目の前で殺されてしまいますが、監督のお父様がユダヤ系でいらっしゃるという事で今回の映画に特別の思い入れなどありましたか?

僕はコテコテのユダヤ人ではないし、ユダヤ的な儀式は知っているけどユダヤ学校に行った訳でもありません。でも文化を知って育って来たし宗教的には一番近いと思うので、やはりそれは感じます。収容所と言えば僕の母は日系で第二次世界大戦中収容所に送られました。

アメリカのとっても暗い歴史のひとつです。

高校の時に「どうして黙って収容所に行ったの?」と聞いた事があります。「ワルシャワのトラックに乗って連れて行かれるユダヤ人と同じじゃないか」と。そしたら「いや、それは違う。人種差別がどうのこうのと泣き叫ぶ前の時代の状況を考えて見なさい。」と言われたのです。「我々はアメリカで生まれてアメリカで育ったアメリカ人だった。日本人の顔はしているかもしれないけど日本人じゃなかった。日本が真珠湾攻撃をして戦争になって大統領におまえら収容所に入れ、と言われた時に自分の大統領にそう命令されたら行かない方が非国民だからアメリカ人の義務として収容所に行ったのだ。」と。

それって初めて聞く解釈です。ちょっと驚きました。

実は収容所にいれられても出る方法は3つあったのです。そのうちのひとつは大学に行く事でした。だから母は収容所を出てニューヨークのハンターカレッジに行きドレスメーキングを学んで、戦中も戦後もその当時のハイソで有名なドレスデザイナーのお縫子をしていました。母は収容所送りになっていなかったらニューヨークに行ってはいなかったでしょう。

なんと収容所送りがキャリアウーマンになる人生の転機になったとは!

まあ母はいつも良いように考える人でしたから。

監督、もしかして次回作は戦中の日系人の話だったりして?

どちらかというと442部隊の何かをやりたいです。

次回作楽しみにしております。ありがとうございました。

写真はシネ祭りでの「杉原千畝」パネルディスカッションにて。