Go Asia Go
ゴーゴーアジア

ハンター紀子医師

ワシントンの日本人コミュニティーになくてはならない頼れる日本人のお医者さま、そして新春まつりの国歌斉唱ではプロ顔負けの歌声を聞かせてくださるハンター紀子先生に、キャリアについてそしてワークライフバランスについてお話を伺いました。

挫折は人生を切り開く機会

ハンター先生ってもともとお医者さまかと思っていたのですが、なんと最初はエンジニアだったのですね。

電子工学のエンジニアとして働いていました。

既にプロフェッショナルだったのに、キャリアを変えようと思ったのはどうしてですか?

私がエンジニアをしていたのは80年代の初めで、女性やマイノリティーのエンジニアがあまりいない時でした。雇われても仕事をしていても出世したりとか大切なプロジェクトを任せてもらえないという事があって、またアメリカですけどセクハラみたいなこともあったりして、そういう事で行き詰まった感じになったのです。それで他の事をしてみようと思いました。

だけどどうしてお医者さまだったのでしょう?

母が医者だったので、「みんな大きくなったら医者になるんでしょう」と言われていてそれに反発してエンジニアになったこともあったから「まあ、医者でもいいかな」と思ったのでしょう。でも医学部に入る前に2年間医学部を受ける為に基礎学科を勉強し直しました。大学1、2年の時の成績が悪かったから、その成績を良くしてからじゃないと入れないと思ってコミュニティーカレッジに通ったのです。ですからその2年間は朝から働いて、夜は学校という生活でした。

ハンター先生は大学からアメリカですよね。

日本で医学部に入れと言われていたから3校受けたのだけど、その時はどこも受からなかったのです。それでたまたまアメリカの大学に行っている友人もいたからアメリカにでも行ってみようかなあと思いました。70年代当時はインターネットがなかったからアメリカから願書を送ってもらったりなど全部自分で調べました。母は忙しすぎて自分の事は自分でと言われていたからなんでも自分でするクセがついていたのです。

今アメリカでは子供が失敗しないようにと全ての障害物を取り除きお膳立てをしてあげる親が増えていると言うことが問題視されていますが、それとは真逆の子供時代でしたね。

それでデューク大学に合格しましたが、大学が決まった時も「明日アメリカに行くから」と言う感じだったのです。

日本で医学部に合格しなかったのはアメリカに来る運命だったからですね。

ガクっと来るような挫折がないと前に進めません。のほほんと生きて行く事は可能だけど、そこから出るにはそういう機会をもらわないといけない。そのためには挫折が機会になると思うのです。挫折すると普通落ち込むでしょう。だけどそういう時ってじゃあ次はどうしようかな、と考える機会になるのです。

挫折を機会と捉えるのは前向きです。ところでキャリアを変えようと思った時に年齢を考えたりされましたか?

医学部に入ろうと思った時母に「こんな年になっちゃうけどいいかな」と言ったら「勉強はしたいと思う時にすればいい」と言って貰ったのです。それに母の父親も30歳過ぎて歯学部に行ったと言う前例がありましたから。

触れ合いはお弁当で

年齢で人生を区切らないって素敵な事ですし、やりたいことをやるには大切な心構えです。それにしてもお母様がその世代でお医者さまというのもすごいかも。

私が小学校の時働いている母親はうちだけで、母が家事をしている姿を見た事がないし、一緒にお料理をしたこともありません。普通母と子って触れ合いがあるじゃないですか。でも私には母が忙し過ぎてそれがなかったから、今一生懸命娘と息子とそれをしようと思っています。

お子さんとの触れ合いの時間ってどんな時ですか?

朝お弁当を作って「持って行きなさい」と言う時と帰って来て「お弁当箱洗ってね」という時です。

開業医と病院勤務もなさっているそのお忙しいスケジュールでお弁当作ってらっしゃるのですか?

学校のご飯がまずくて食べたくない、というのです。それでお金をあげて好きな物を買いなさいと言ったらお菓子ばっかり食べるようになっちゃって。アメリカの学校って食べ方を教えないのですよね。だから毎日ご飯ベースのお弁当を作っています。

母親になったからには働くだけじゃなくて家の事もやらないと、と思っています。そういう母の姿を私は見た事がないからそういう母親の姿も見せておきたいと思うからです。言って教えるのではなくてやってみせるのが大切だと思うから一昨年までは7時20分に学校が始まっていたのでお弁当を作る為にどんなに遅く寝た時も5時20分には起きていました。

趣味の時間なんてありますか?

今はありません。というのもアメリカは医学の国家試験が10年おきにあって、私は1996年に受かっているから今年がその年なのです。だから今はそれに向けてホテルに缶詰めで勉強しています。

そんなに忙しくても必ずお弁当は作ってらっしゃるのですね。これからも頼りにしています!今日はありがとうございました。