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ビジネス13:山崎信博社長

雑誌フォーブスで全米のトップレストラン100にも選ばれたDCを代表する日本食レストラン、寿司Taroの山崎信博社長にアメリカでのレストラン経営についてお話を伺いました。

日本の田舎からアメリカの首都へ

創業はいつでしょうか?

1986年からずっと同じ場所で営業しています。

では山崎さんはもともとアメリカ育ちなのですか?

28年前に親がアメリカに行くから一緒に行くという感じで来ました。

もしかしてお父様がいきなり「アメリカでレストランを開くから一家で移住しよう」みたいな感じだったとか?

多分そうだったと思います。それまでは新潟の田舎に住んでいたのですが、アメリカ移住後最初はメリーランド州に住みました。勿論英語も話せなかったし日本人もいませんでした。だから高校に通いながらESLに行ってその後はDCのコーコランに進んだのです。

えー、山崎さんって芸大出身だったのですね。本当は芸術家志望だったとか?

そこまで考えていなかったと思いますが、絵を書くのが好きだったのです。

それにしてもお父様、度胸がありますね。いきなり新潟の田舎からアメリカの首都で旗揚げですから。

しかも45歳の年での決断です。

後戻り出来そうにない微妙な年にお父様についてこられたお母様も偉いですね。普通は反対するかと思いますが。

母は楽観的なのです。それにもともと料理屋の娘でしたから。でも苦労したと思います。子供は順応していくだけだから親の苦労はよくわかりませんが。

移住された80年代といえば日本がバブルで一番景気が良かった時で寿司がsushiになった頃ですね。

第2次寿司ブームと言われた時代でかなり町中では寿司も一般人にも知られていましたが、当時はやはり天ぷらのほうが一般的だったと思います。それでも親父が始めた店はとても繁盛していて人がいつも並んでいてテーブルが何回転もする店でした。

お父様が始められたレストランを継ごうと思われたのはいつ頃からですか。

芸大を出てもすぐに職を見つけられるかと言うと難しいじゃないですか。そんな時丁度大学卒業時に親父に「日本の寿司屋で修行してみたらどうだ」と勧められて、日本に3年間修行に行きました。

アメリカの自由な空気を6、7年吸った後でしかも芸大といえば奔放な感じ。それがいきなり規律が厳しそうな日本のお寿司屋さんで修行ですか。

いやー、びっくりしました。すごく忙しい店だったので一日14時間労働は当たり前で、昼ご飯を食べる時しか座れなかったから最初の一ヶ月は毎朝足がつりました。

ワシントンで一番を目指す寿司taroの挑戦

無事修行を終えてDCに帰って来たら今度はお父様のもとで修行されて、その後跡を継がれてお店の大リニューアルを行われましたが、改装はいつでしたか?

5年半前です。今までこれだけ好かれていたお店を内装から値段、メニューまで全部変えました。

回転の店と言われるほど流行っていたお店なのにどうしてそんなに変えちゃったのですか?

いろいろありますが、一番はやっていて自分が面白くなかったという事です。儲かるけど「自分」がそこにあるわけじゃない。毎日毎日お客さんがバーときてテーブルをターンして、その繰り返しです。それから店がオープンして20年以上たっており、店の中の修繕が必要だったという実際的な理由がありました。

懐石を始められたのも改装後ですね。

日本を象徴するレストランがアメリカの首都には必要だと思っていました。丁度その頃そういう料理を出す日本食レストランがDCで減っていた時期だったので、伝統を大切に守った本物を出したかったのです。

山崎さんのそんな思いが通じたのでしょうね。2012年には雑誌フォーブスの「全米トップレストラン100」で第36位に選ばれて。これはDCのレストランでは第2位という快挙です。ところでアメリカでのレストラン経営でいちばん大変な事ってどんな事でしょうか。

人でしょうね。いろんな人を雇う訳ですから。日本人だけで一つの会社をやればそれはツーカーで出来ますが、とにかく個性もお国柄もあれば、常識もそれぞれに違いますので。

改装後順風満帆に見える寿司Taroさんにも危機なんてありましたか?

改装直後の4年前くらいが一番大変でした。今までこれだけ好かれていたお店を値段からメニューから全部変えてしまったので、それまでついて来て下さったお客さんにとっては裏切りでもあったのでしょう。それだけじゃなくてその年はスノマゲドンと言われるほどの大雪が降った年でもありました。あの年かなりのレストランがDCでもNYでも潰れました。それにリーマンショックもあったから経済が落ち込んでいた所に大雪が2回も降って2週間お客さんが来ないという状況が続いたのです。それでも固定費用はあるし、従業員はいるし。だから開ける度にマイナスという日が毎日続くのですよ。怖かったですね、あれは。

そんな危機も乗り越えてのフォーブスでの栄誉だったのですね。これからもワシントニアンに美味しいご飯を食べさせてください。ありがとうございました。

写真は寿司taroさんで現在注文を受付中のおせち料理のイメージ。

www.sushitaro.com